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意志決定支援をめぐって 田所浩二さんの意見

 意志決定支援と呼ばれるものについての田所浩二さんの意見です。私は、まだこの言葉について十分に勉強できていないのですが、正しい意志決定を支援するために情報を提供するというようなニュアンスとして、一般的にも使用されるもののようですが、「知的障害」とされる人々に関わる世界では、その意志決定の力とのかねあいで、美容な使われ方をしているように思っています。

 自己決定とは自分たちの意志を尊重してもらうことですが、自分たちに意志があることをまだ世間は認めてくれていないので、自己決定という言葉はぼくたちには不要な言葉だと思われることが多いです。しかし、僕たちにもちゃんとした意志があるので、昔から僕たちの存在を尊重してくれる人は、ちゃんと僕たちのしぐさの中にそれを読み取ってくれていました。でもせっかく意志があることを伝えられるようになったのだから、本当の意味で僕たちも自己決定の権利を主張したいと思います。最近定支意志決援という言葉が出てきましたが、その言葉の背景には僕たちには意志そのものがないかそれがあやふやだという考えがあるからわざわざ支援しなくてはいけないということになっています。しかし本当はちゃんとした意志は存在するので、その意志を伝える支援だけを考えてくれれば十分です。です。それから本当の自己決定は誰かと意見をたたかわせるところからとぎすまされるものだと思うので、支援の中にはただぼくたちの意志にしたがうということだけでは不十分で積極的に意見をたたかわせる必要があると思います。
                                       平成30年2月11日

相模原の事件をめぐって

高校1年生の少年の言葉です。彼は、自閉症という言われており、自由に気持ちを表現することはできません。 

 なぜ悲しい事件が起きたのか考えていますが私たちは何も考えていないという考えがとても支配的なためにこんなことが起きてしまったのだと思いますがわなわなと気持ちが悲しくなるのは理解されないまま亡くなった私たちの仲間がまだ理解されないまま亡くなって理解される日をともに迎えられなかったことだ。まったく理解できない人などいないのに誰もそのことを言おうとはしないのでまったくどうしようもないし、障害者で普通に話せる人たちもどうしてなのかわからないが自分たちとは違うかわいそうな障害者と見ているのでどうしようもないのですが律儀にも何もわからない障害者と言って縷々述べても私たちには無意味な言葉にしか聞こえません。だから何としても戻るより前に向かう必要があります。理想はよい理解のもとで障害が重くても言葉があることを理解してもらうことですが道は遠いです。

相模原の事件をめぐって 8月20日

旅行の途中に立ち寄った京都で、30代の女性の言葉を聞きました。ちょうど、部屋に、提灯に飾られた夜の祇園祭の山鉾の絵があり、彼女は、その絵を何度も指さしながら、詩を綴りました。


 誰にも理解されないまま亡くなった仲間のことがつらくてつらくて毎日涙を流していますが夜の暗闇を見るたびにこんな暗い物音ひとつしない中で最期の時を迎えた人をどうやったら追悼できるかとずっと考えていました。無我の境地を知っていたとはいえちゃんとした人格をそなえていた人たちなのでせめてそのことだけはわかってあげないと魂が浮かばれないと思っています。人間として私たちは理解されないまま死んでいくなんてとても悲しいことですからぜひ亡くなった仲間に鎮魂の詩を捧げたいです。


   仲間に

人間として気高く生きた
仲間の魂の炎は
無惨にもかき消されてしまったけれど
私はあなたがたの炎を
私の心に受け継いだ
真っ暗な夜の闇の中で
今あなたの炎が
私の心の中で燃えさかり
暗闇を照らしている
だから私は
あなたがたの炎が消えないように
真っ直ぐと夜明けに向かって
歩み続ける

相模原の事件をめぐって 8月18日

 難病でそんなに時間のないとされている寝たきりの十代の若者の俳句です。
 
みんみんと弔いの声津久井湖に
津久井なる施設に輝く魂あり
津久井なる施設に密かな愛ありし
よき人が常に我らのそばにあり
願い瑠璃津久井の湖映したり
瑠璃色の湖深くただ濡れる
我が心津久井に届け病舎より

人間はただ生きること使命とす
なぜ人はこの身の正しさよく知らぬ

人間はみな魂に言葉あり
願うことただ彼らにも言葉あり
凛とした瞳持つ仲間弁のなく

津久井なる施設に手を合わすわが仲間
名前なく天国に行きし我が仲間
名前なく忘れられようと永遠(とわ)の魂(たま)

世の中よ津久井の百合に何学ぶ
願うなら仲間の強さ知りてのち
わだかまり理想はけして負けぬよと
願いふとランプのごとく揺らげども

わだかまり解く技が我にあらば
わだかまり解けぬ犯人ただ許す
わだかまり持つ犯人に句よ届け

わざわざに世に問いし犯人に堂々と答えここに記せり

相模原の事件をめぐって 8月8日

 8月8日に聞いた、3人の当事者の意見を掲載します。
 一人目は、一度メールでいただいた文章を載せた大野剛資さんの言葉です。

 私たちの仲間が無残な殺され方をしたのですが、とても悲しいだけではなくて、いろいろな問題を孕んでいることなので、きちんと述べさせていただきます。世間の見方を僕は改める必要があると思います。なぜなら、一人一人きちんとした考えを持っていることを前提にしないで、何もわからない人たちでも殺されるのは間違いだということしか語られていないからです。だけど、重要なのは亡くなった人たちにもしっかりした考えや感情があって、がんばって生きているというよりも人生の価値を深いところで見通していきていた人たちであることを理解したうえで、全ての議論をなされるべきではないでしょうか。

 次いで、20代の女性の言葉です。

 私も突然の悲しいニュースで毎日涙こそ流さなかったけれど悲しみにくれる日々が続いています。でも、私は今回のことは何かを訴えることができそうな不思議な勇気も感じていたのですが、まだまだ理解されてはいないとはいえ、こうして確実に意見を述べられているので少しだけ救いがある気がしました。
 亡くなった仲間たちは何もわからない人と決めつけられていますが、けっしてそんなことはないと今回こそしっかりと訴える必要があると感じたからです。涙だけで泣きくらすのでは亡くなった仲間たちの本当の鎮魂にはならないと思うので、私はしっかりと声をあげたいと思います。


 次は、盲重複障害と呼ばれる20代の男性の言葉です。

 僕も今回の事件ではとても悲しい思いをしました。でもやっぱり、このままではいけないと強く思えたのは僕たちにも言葉を伝えるやり方が見つかったからです。僕も重複障害者とまさしく言われる人間なので、全くこの犯人は僕を殺したかったのだと痛切に感じ、身震いがしました。でも昔なら言われっぱなしだったけどもう僕たちはただの人形ではありません。みんなでしっかりと2つの誤った認識を正したいと思います。一つは僕たち重複障害者にもしっかりとした認識能力があるということです。もう一つはみんなもいってくれるように、どんな重い障害があっても人として命は平等だということです。僕たちはこの二つの誤った認識を正すことについて、これから積極的に意見を発信していきたいと思います。
プロフィール

柴田保之

Author:柴田保之
所属:國學院大學人間開発学部初等教育学科
重度重複障害児の教育、知的障害者の社会教育、介助つきコミュニケーションについて実践的に研究を進めています。

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