相模原の事件をめぐって

高校1年生の少年の言葉です。彼は、自閉症という言われており、自由に気持ちを表現することはできません。 

 なぜ悲しい事件が起きたのか考えていますが私たちは何も考えていないという考えがとても支配的なためにこんなことが起きてしまったのだと思いますがわなわなと気持ちが悲しくなるのは理解されないまま亡くなった私たちの仲間がまだ理解されないまま亡くなって理解される日をともに迎えられなかったことだ。まったく理解できない人などいないのに誰もそのことを言おうとはしないのでまったくどうしようもないし、障害者で普通に話せる人たちもどうしてなのかわからないが自分たちとは違うかわいそうな障害者と見ているのでどうしようもないのですが律儀にも何もわからない障害者と言って縷々述べても私たちには無意味な言葉にしか聞こえません。だから何としても戻るより前に向かう必要があります。理想はよい理解のもとで障害が重くても言葉があることを理解してもらうことですが道は遠いです。

相模原の事件をめぐって 8月23日、24日

北陸地方のある町で出会った施設暮らしをしている40代の男性の言葉です。二つの詩を書きました。事件に関わる詩は2つ目ですが、一つ目の詩も、この事件につながるものとして紹介します。
 

 夕焼けに向かって

疲れた体を引きずって
私は今夕焼けの空をながめている
ずっと昔になくしてしまった夢を
もう一度取りもどしたいと思うけれど
まだ夢は手のひらの中にはない
だけどいつか必ず夢をもう一度この手でにぎりしめて
理想をかなえたい
凛とした瞳でもう一度
私は夕日に向かって
ランプのあかりのように
心に灯をともしながら
この苦しみの日々に向かって立ちあがる


   夜更け

みんなひっそりと寝静まった夜の闇の中で
ふと私はあの悲しい事件を思う
理性の果てに私たちを否定した犯人は
いったい何に苦しんでいたのだろうか
冷酷な勇気をなぜあそこまで育てたのだろうか
私たちの仲間にも一人一人夢があり願いがあった
わずかなわずかな理解者しかいなかったとしても
仲間たちは幸せをかみしめながら生きていた
なぜそのことに気づくことなく
わざわざ自分の人生を台無しにしてまで
行為に及んだのだろうか
私たちはただ何も考えずに生きている悲しい存在ではない
りっぱな人間ではないけれど
みんなかけがえのない命を生きているとてもやさしい人たちだ
私たちは私たちらしく生きようとふだんから一生懸命生きている
なのに犯人はやまゆりの花を無惨に残らず踏みつぶしてしまった
わずかなあかりしか見えない暗闇の中で
今私がこうして気持ちを表現できていることの中にある。


 同じく北陸地方のある町の施設で暮らす50代の女性の言葉です。

 小さいときは母がこの子は何でもよくわかると思っていたのですがまわりが親ばかと言って非難するたびに母も考えを変えてしまったことが悲しかったことを覚えていますが、先生が言った通り味わい深い人生だということをしっかり伝えてください。せっかく生まれてきた命なので、ぜったいに意味があることを、世の中の人に伝えたかったです。
 どこかで悲しいできごとがありましたよね。施設の人が殺されたということと、何もわからない人たちという言葉を聞いたのですが、みんなよくわかっているはずだし、生きる意味を深く味わっていたことはまちがいのないことなので、ぜひそのことを伝えてほしいです。どこの誰かもわからないけれど、みんな私たちと同じ立場だったと思うのでとてもつらかったです。ぜひこの言葉を誰かに伝えてください。
 世の中の専門家はみんなそういう考えですからがんばってください
 どうにかしてこのことを世の中に伝えないと亡くなった仲間が浮かばれないと思うので、頑張ってほしいと思います。
悲しい話をしてしまいましたが、ぜひがんばってください。
○○の片隅の施設でも、みんな豊かな暮らしをしているし、私たちをとても大事にしてくれる職員さんに囲まれているので毎日幸せに暮らしていることを伝えたいです。

第2回 介助付きコミュニケーション情報交換会 開催のお知らせ

第2回 介助付きコミュニケーション情報交換会 開催のお知らせ

 去る7/23に二松学舎大学で開催された「介助付きコミュニケーション情報交換会」はご家族はもちろん、支援者の方々と「介助付きコミュニケーション」の体験や練習、また、障害そのものの悩みや情報交換といった会の主旨に合った内容の濃いものになりました。
そこで、実行委員会では、第2回目の開催を考えております。前回、参加された方はもちろん、初めての方・全く経験のない方も大歓迎ですので、ぜひ、お気軽にご参加ください。


日   時  2016年9月24日(土)  13:00~16:00
場   所  二松学舎大学 1号館13階 ラウンジ
(地下鉄半蔵門線・東西線・都営新宿線九段下駅下車。なお、前回  の3号館とは場所が異なりますので、ご注意ください)
内   容  ・介助付きコミュニケーションの紹介や体験
       ・介助付きコミュニケーションを実施している方同士の情報交換
       ・当事者同士の意見交換
                          他


お申し込み  参加を希望される方は、下記のメールアドレスにお名前・ご住所・ご所属を添えてお申し込みください。なお、参加者の概数を把握するために9/17までにお申込みいただければ幸いです。
会費は無料です。
 

問い合わせ先  johokokankai@gmail.com   
介助付きコミュニケーション情報交換会・実行委員会
                         (三好・改田・赤崎・栗山)

相模原の事件をめぐって 8月20日

旅行の途中に立ち寄った京都で、30代の女性の言葉を聞きました。ちょうど、部屋に、提灯に飾られた夜の祇園祭の山鉾の絵があり、彼女は、その絵を何度も指さしながら、詩を綴りました。


 誰にも理解されないまま亡くなった仲間のことがつらくてつらくて毎日涙を流していますが夜の暗闇を見るたびにこんな暗い物音ひとつしない中で最期の時を迎えた人をどうやったら追悼できるかとずっと考えていました。無我の境地を知っていたとはいえちゃんとした人格をそなえていた人たちなのでせめてそのことだけはわかってあげないと魂が浮かばれないと思っています。人間として私たちは理解されないまま死んでいくなんてとても悲しいことですからぜひ亡くなった仲間に鎮魂の詩を捧げたいです。


   仲間に

人間として気高く生きた
仲間の魂の炎は
無惨にもかき消されてしまったけれど
私はあなたがたの炎を
私の心に受け継いだ
真っ暗な夜の闇の中で
今あなたの炎が
私の心の中で燃えさかり
暗闇を照らしている
だから私は
あなたがたの炎が消えないように
真っ直ぐと夜明けに向かって
歩み続ける

相模原の事件をめぐって 8月18日

 難病でそんなに時間のないとされている寝たきりの十代の若者の俳句です。
 
みんみんと弔いの声津久井湖に
津久井なる施設に輝く魂あり
津久井なる施設に密かな愛ありし
よき人が常に我らのそばにあり
願い瑠璃津久井の湖映したり
瑠璃色の湖深くただ濡れる
我が心津久井に届け病舎より

人間はただ生きること使命とす
なぜ人はこの身の正しさよく知らぬ

人間はみな魂に言葉あり
願うことただ彼らにも言葉あり
凛とした瞳持つ仲間弁のなく

津久井なる施設に手を合わすわが仲間
名前なく天国に行きし我が仲間
名前なく忘れられようと永遠(とわ)の魂(たま)

世の中よ津久井の百合に何学ぶ
願うなら仲間の強さ知りてのち
わだかまり理想はけして負けぬよと
願いふとランプのごとく揺らげども

わだかまり解く技が我にあらば
わだかまり解けぬ犯人ただ許す
わだかまり持つ犯人に句よ届け

わざわざに世に問いし犯人に堂々と答えここに記せり

相模原の事件をめぐって 8月16日

 このブログで、『弘二の夢』という本を紹介させていただいた田所弘二さんと先日お会いした。ある方から考えを聞かせてほしいということで、私は通訳者として立ち会わせていただいた。そして、その方の質問に答えるかたちで、田所さんは事件をめぐる様々な考えを述べた。その内容は、別の機会に譲ることにするが、その方との話が終わったあと、田所さんが語りの残したことがあると言って、次の文章を書いた。ここでは、その部分を紹介させていただきたい。



   死刑にしない方がいいということについて
 
 僕は犯人を死刑にするのは間違っていると思います。なぜなら死刑にしてしまうと犯人は自分の考えに返って意固地になってしまって、決して考えを改めないだろうと思うからです。死刑はもともと議論の多い制度ですが、今日、僕は改めて死刑の問題を感じました。犯人が心を改めることこそ重要なのですから、むしろ死刑は犯人の心を頑なにしてしまうのではないでしょうか。ぜひ犯人にも改心する機会を与えるべきだと思います。だから、今、改めて、人は人を許すことができるかということを問い直したいと思います。
親たちは、当然許せないはずですが、ゆっくり自分の子どもを思い浮かべたら、子どもは必ず犯人を許すだろうと気づくのではないでしょうか。だから、ぜひ、改めて許しの問題を考えるべきだと思います。

相模原の事件をめぐって 8月8日

 8月8日に聞いた、3人の当事者の意見を掲載します。
 一人目は、一度メールでいただいた文章を載せた大野剛資さんの言葉です。

 私たちの仲間が無残な殺され方をしたのですが、とても悲しいだけではなくて、いろいろな問題を孕んでいることなので、きちんと述べさせていただきます。世間の見方を僕は改める必要があると思います。なぜなら、一人一人きちんとした考えを持っていることを前提にしないで、何もわからない人たちでも殺されるのは間違いだということしか語られていないからです。だけど、重要なのは亡くなった人たちにもしっかりした考えや感情があって、がんばって生きているというよりも人生の価値を深いところで見通していきていた人たちであることを理解したうえで、全ての議論をなされるべきではないでしょうか。

 次いで、20代の女性の言葉です。

 私も突然の悲しいニュースで毎日涙こそ流さなかったけれど悲しみにくれる日々が続いています。でも、私は今回のことは何かを訴えることができそうな不思議な勇気も感じていたのですが、まだまだ理解されてはいないとはいえ、こうして確実に意見を述べられているので少しだけ救いがある気がしました。
 亡くなった仲間たちは何もわからない人と決めつけられていますが、けっしてそんなことはないと今回こそしっかりと訴える必要があると感じたからです。涙だけで泣きくらすのでは亡くなった仲間たちの本当の鎮魂にはならないと思うので、私はしっかりと声をあげたいと思います。


 次は、盲重複障害と呼ばれる20代の男性の言葉です。

 僕も今回の事件ではとても悲しい思いをしました。でもやっぱり、このままではいけないと強く思えたのは僕たちにも言葉を伝えるやり方が見つかったからです。僕も重複障害者とまさしく言われる人間なので、全くこの犯人は僕を殺したかったのだと痛切に感じ、身震いがしました。でも昔なら言われっぱなしだったけどもう僕たちはただの人形ではありません。みんなでしっかりと2つの誤った認識を正したいと思います。一つは僕たち重複障害者にもしっかりとした認識能力があるということです。もう一つはみんなもいってくれるように、どんな重い障害があっても人として命は平等だということです。僕たちはこの二つの誤った認識を正すことについて、これから積極的に意見を発信していきたいと思います。

相模原の事件をめぐって 8月3日その2

 8月3日、二人の女性からも切実な意見をいただきました。
 お二人とも、ふだんはとてもやさしい語り口をなさる方々ですが、今
回ばかりは、意を決して、きびしい言葉を綴られました。  
 お一人目は、重症心身障害と呼ばれるような状況にある方です。

 疑問があります。なぜ私たちに生きる権利が認められないのでしょうか。みんなつらい気持ちでいる理由はただ悲しいだけではなくわずかな希望がかき消されたような気がしたからです。分捕ることもしない私たちがなぜ存在が否定されなければならないのでしょうか。小さな疑問ではありません。大問題です。よくない人が犯した犯罪ならまだしも、もっと私たちを理解できるチャンスがあった職員さんに私たちが人間であることをわからせることができなかったということが悔しいです。
 いちばんねじれているのは世の中なのですがばかにされるだけならまだしもごんごんと苦しみが湧いてくるのは、わだかまりは凡人はなかなか消えないでしょうが、私たちはこの事件から忘れられない一言をしってしまったのだということてです。わずかな未来さえ閉ざされてしまったような気がしたからです。よい人間がみんな殺してもよいという言い方に染まってしまいそうになって私ははらはらしています。以上です。


 お二人目は、歩行の可能ですが、みずから言葉を発することは困難な方で、「重度の知的障害」と呼ばれる方です。彼女は、障害に関して、今回の被害者の方々とたいへん近い状況にあると言えるでしょう。

 私はこんなに悲しい気持ちになったことはありませんでした。なぜなら、私達の仲間がこんなにひどい殺され方をしただけでなく、存在の意味を否定されたからです。
 私にとっては私達の生きる意味は疑いようのないものなのに、世の中には私達のことをやはり不要な存在だという人がいます。
 だから悲しみが二重になって私達を襲っているのです。
 私にとっても、私があの施設にいてもおかしくなかったので、自分のことそのものでした。
 今回の事件は私達の本当の姿が世の中に伝わってないことで起きた事件です。一生懸命訴えてきたけれど、その声が小さかったばかりにかき消されてしまいました。だからこれまで以上に大きな声で訴えていかなければなりません。
 私達にとっては、どんなに障害が重くてもみんなしっかりした気持ちを持っていることは疑いようのないことです。でも残念ながら、専門家も含めてわかっていない人が多く、判断能力や大人としての感情があることを受け入れてもらえません。だからあの容疑者は私達を不必要な存在だと決めつけました。
 確かに経済的なことだけを考えたらお金もかかります。
 私達は最下層を生きる存在ですから、私達を否定すると次の誰かも否定される恐れがあります。
 すべての人を受け入れる世の中を理想の社会というのなら、まず私達を受け入れて下さい。

相模原の事件をめぐって 8月3日その1

 27歳の倉本雅也さんとお会いして、次のような言葉をいただきました。倉本さんは、いわゆる重症心身障害者と言われるかたです。ふだん穏やかな倉本さんが、テレビでこのニュースが始まると、今まで見せたことのない怒りの声をあげたそうです。倉本さんを連れていらっしゃったお母さんも、彼のこの文章に深く納得していらっしゃいました。

 わなわなとふるえるような思いで僕はこの大事件を見つめていました。なぜ僕たちを必要のない存在とやるせない目的で事件を起こしたのでしょうか。ごんごんと深い悲しみが湧くだけでなく空しさが湧き上がってきます。わずかな希望も感じることができません。不条理としか思えません。
 人間にとって愉快なことは人とともにあることなのに人を否定することがどうしてまかり通るのでしょうか。わずかなわずかな救いも見えてきません。もし僕があの施設にいたらと考えるだけで身震いがします。電気のない暗闇でもし突然斬りつけられたら僕たちは何一つ抵抗することもできません。ぬくもりを求めてみんなひたむきに生きているのにどうしてそんな冷たい仕打ちをされなければならないのでしょうか。
 わずかな光がもしあるならそれは僕たちがこうして言葉で反論できるということです。未来はこういうやり方でみんなきちんとした考えを持っていることを世の中が理解するところから開けてくると思うのでどうにかしてこのことを伝えたいです。人間だからみんな分不相応と言われようが強い意志で生きる権利があるはずです。
 ぬくもりこそがランプの明かりであることをがんばって僕たちは主張したいです。楽な生き方ではないけれど僕たちは幸せな人生を生きているということをなんとかして伝えたいと思います。人間だからちゃんとした考えを持って生きているのでどうかこの悲しいできごとをきっかけにして僕たちをもう一度しっかりと見つめ直してほしいです。



 もうお一人は、22歳の廣瀬岳さんです。廣瀬さんも、また、いわゆる重症心身障害と呼ばれる人です。ご両親に障害があり、すでにお母さんは亡くなられていらっしゃいます。これまでも、そのことをふまえた鋭い意見を何度も聞かせてくださった方です。
今回は、ご一緒されたお父さんが、全国手をつなぐ育成会連合会からのメッセージが一面に掲載された東京新聞をお持ちになって、この事件についても語ってくださいました。
 以下、廣瀬さんの言葉です。

  次々と悲しいニュースが伝わってきてとても悲しいけれど僕はきちんと意見を述べたいです。人間として僕たちは生きているのに激しく存在を否定されてしまいました。昔から僕たちの存在を否定する人はいましたが僕たちのいのちまで奪おうという人はいませんでしたからどうしても許すことができません。なぜなら僕たちにも生きる権利があるからです。
 長い間何もわからないと言われてきた僕たちがようやく存在を認められたというのにこんな事件が起きてしまってほんとうにつらいです。私たちを必要ないとする人たちはけっして彼一人ではないからわずかな声であってもちゃんとあげていかなくてはなりません。私たちは何もわからない存在ではなくよく物事を理解できているちゃんとした存在です。だからきちんとした理解をしてほしいのです。分不相応と言われようとも僕たちはずっとぬいぐるみのように思われようとも強い気持ちで生きてきましたからちゃんとした事実として認識してほしいです。
 望みはただ正しい理解が得られることです。それだけが亡くなった仲間たちのいのちに存分な祈りを捧げる道です。だから僕は声を上げたいです。

 この文章をぜひ読んでほしいです。僕は両親に障害がある重症心身障害者です。だからこそ意見を述べたいです。

相模原の施設の事件について 8月1日

 研究室を訪れた小学3年生の少年が、相模原の事件に関して、気持ちを綴りました。彼は自閉症と呼ばれ、なかなかうまく気持ちを話すことができません。

 残酷な出来事がありました。
 僕たちは何でも理解出来ているのに、私たちは何も分からない存在として理解されてしまって、もう僕らを認めてくれないのかととても気になりました。長い間認められないまま亡くなった人たちのことを思うととても辛かったです。
 理屈ではみんな僕たちを理解したように言っていても、結局は全く分からない存在として言い続けているので僕はとても悔しいです。ずっと前からこういうやり方で話すことが出来るということが分かっているのに、早く世の中に認めてもらいたいです。僕たちのように気持ちをうまく伝えられなくてもちゃんとした考えが心の中にはあるということをどうか分かってほしいです。
 でも僕たちはこういう方法で話せるようになったからいいけれど多くの人たちは,まだ全く気持ちを伝えられないでいるので早く分かってほしいと思います。こんな悲しい出来事が起こったのだからせめて私たちの本当の姿を知って、正しい理解が世の中に広がってほしいです。