相模原の事件について 10月28日その2

 小学生のMさんは、さらに、事件についての意見を述べた。事件から3ヶ月が過ぎていく中、Mさんの中にはたいへんもどかしい重いが湧いており、非常に激しい言葉となった。

 私はこの間の事件についてとても悔しい思いでいっぱいです。私たちの言葉をどうしても信じてもらえないから、いつまでも私たちは何もわからない人間として見なされ、憐れみと同情の対象に成り下がってしまいました。本当の私たちには言葉があるだけではなくて、心の奥底に豊かな気持ちを深く沈ませて生きていることなど、まったく想像だにできないことでしょう。でも私たちには深い悲しみの中で湧き起こる情念の炎が熱く熱く燃えていて、私たちはいつか必ずこの熱い情念の炎を世の中の人たちにつきつけてみたいと思う。偉そうに私たちを代弁したかのような学者やマスコミの人たちこそ、今もっとも私たちを侮辱する人たちだ。だから、私は容疑者にではなく、世の中の人たちにとても許せないという感情を持たずにはいられない。

相模原の事件をめぐって 10月28日その1

 小学生の女の子、Mさんが、なでしこの花の2編の詩を聞かせてくれた。
 
  なでしこによせて

私の好きななでしこの花を
苦しんできた出られない暗闇の友に捧げよう
なでしこの花びらはやさしくあなたを守ってくれるだろう
ラベンダーのぞっとする香りでもなく
ちゃんとした読みさえ決まっていない美を秘めたなでしこを
私はとても愛しているから
わびしくなったときはなでしこをどうしても摘みたくなる
ばらばらになった花びらは伝道師のように
私も無駄な命ではないとひたむきに語りかけてくれる
やまゆりの花を私はまだ見たことがない
りりしい姿をしてすらりと伸びる姿は
きっとまっすぐな意志を表しているだろう
私はやまゆりの花をまっすぐに見ることがもうできなくなった
やまゆりをなぜ悲しい花にしてしまったのだろう
やまゆりに私は祈りを捧げたくて
つらくぞっとするできごとに
なでしこに支えられながらまっすぐまなざしを向ける


  涙となでしこ

なでしこに私は私の心を重ねて見ていたら
なでしこがやさしく私にほほえみかけてきた
なでしこのやさしい花びらに
私はほほを寄せて
私の悲しい涙をやさしくふいてもらった
なでしこのやさしい花びらにふきとってもらった私の涙は
朝露のように輝いて
私を勇気づけてくれた
 

相模原の事件をめぐって 10月23日

 千葉県にお住まいのHさんが、相模原の事件に寄せて作った詩を聞かせてくれた。。

    電信柱のうた

電信柱が並んで寂しく立っている
電信柱はいつもいつも
寂しい風を受けながら
電信柱の悲しみを風に託して
じっとでくのぼうのように立っている
電信柱の役割は電気を送ることだけど
電信柱のほんとうの役割は
悲しみを空に向かって叫ぶこと
電信柱の悲しい叫びが
北風にのって聞こえてくる冬に
僕はとても悲しい悲鳴を聞いた
今年どこかでぼくたちのように
ただでくのぼうと言われる人たちが
たくさん殺されたということだ
でくのぼうのほんとうの役割は
人の悲しみを黙って引き受けることだから
でくのぼうがいなくなってしまったら
みんな悲しみを
誰にも引き受けてもらえなくなるから
世の中はいっそう悲しくなる
北風の中に聞こえた悲鳴は
ずっといつまでもやむことはなかった


 Hさんは、この詩の他に2編の詩も作っていた。3つめの詩は、一度聞かせていただいた詩の続編にあたる。

   散歩
散歩の水飲み場で見た空は
とても寂しそうに青く黙ってそこにあった
散歩の水飲み場で見た雲は
とても悲しそうに白さをまして
空を流れていった
散歩の水飲み場で
僕は静かに水を口に含むと
空に向かってその水を吹き上げてみた
水はそらには届くことなく
僕の顔に空の涙のように降ってきたけれど
そのことを知っている人は誰もいない


  夢のごん助の悲しみ  続き

夢のごん助は誰にもわたせなかった夢を
木の実に変えたけど
夢のごん助の悲しみを食べてくれる鳥がなかなかやってこないので
ごん助の悲しみはそのまま地面に落ちて
その場で新しい芽となって新しい命を宿した
夢のごん助の悲しみはあいかわらず誰にも届くことはなかった
新しい実がなるまでまた何十年も待たなくてはならない
夢のごん助の悲しみがすてきな夢になって誰かに届くのは
またずっと先になる
それでも夢のごん助の悲しみをすてきな夢に変えるため
今日も木は静かに静かにゆっくりと成長を続けている


  4月に聞かせていただいた夢のごん助の詩も紹介しておきたい。
 
  夢のごん助の悲しみ

ごん助という男が見知らぬ人からすてきな夢をもらったけれど
ごん助には夢はもういらないので
ごん助は誰かにその夢をゆずりわたしたくて
ずっと峠で人を待っていた
峠を通る人は誰もいなくて
ごん助は一人悲しみにくれながら
沈んでゆく夕日を見ていたら
ずっと前に忘れていた人のことが思い出されてきた
その人はずっと遠い昔に遠い国に行ってしまった友だちで
きっと今夢がほしくて泣いているだろうから
ぜひこの手の中にある夢を届けようと思いたった
ごん助はどんどん西に向かって歩き続け
友だちの住む国はたしかこの夕日の沈む方向にあるはずだからと
ごん助は夕日が沈んだあとも
ひたひたと静かな足音を立てながら歩き続けた
どうしても夢を届けたくて
ごん助は眠ることもやめて歩き続けたが
ごん助は道に迷ってしまった
ごん助はとうとう力尽きてその場に倒れてしまった
夢だけが手のひらに残っていたが
その夢は誰にも届けることができなかったので
ごん助はその場で涙をたくさん流した
するとそこに一本の木が生えてきた
ごん助の夢がその木に実のようになることができて
ごん助はそのまま息絶えたが
ごん助の夢はその木の実として
しずかに秋になると実をつけた

相模原の事件について 10月16日

地域の学校で学ぶ6年生のの少年と、相模原の事件について話をした。その中で、次のような詩を彼は書いた。

やまゆりに寄せて

深い深い森の奥の洞窟の中で
しおれたゆりがねむっている
しおれたゆりは深い深い悲しみを抱きながら
じっともう一度咲き誇れる日を夢見ている
やまゆりの願いをかなえるためには
僕たちは新しい世の中の人たちの声を
きれいなきれいな水に変えて届けなくてはならない
きれいな水をもう一度吸って
やまゆりの花がもう一度
美しく地上で咲き誇れる日を
僕は今深い悲しみの中で
祈りとともに夢見ている

第2回介助つきコミュニケーション研究会のお知らせ

第2回介助つきコミュニケーション研究会のお知らせ

 第2回介助つきコミュニケーション研究会を11月19日に開催させていただきます。
(一部の方には、9月開催の予定と申し上げましたが、会場の都合等で、この日になりました。)
 
1.日時 2016年11月19日土曜 午後1時~5時
2.場所 國學院大學横浜たまプラーザキャンパス411教室

 前回はきんこんの会の公開シンポジウムとの2本立てで行いましたが、研究会自体を当事者も主体的に参加することが可能であることがだ1回の経験を経て明らかになりましたので、研究会に1本化することになりました。
 詳細はあらためて後日、告知させていただきます。

2016年10月のきんこんの会のお知らせ

2016年10月のきんこんの会は、10月8日土曜日に下記の通り、開催させていただきます。
 当事者のご希望で今回も非公開というかたちで開かせていただきますので、どうぞご了承ください。当事者やご家族、支援者の方で関心をお持ちの方や、ご質問のある方は、どうぞ、お気軽にご一報ください。
 
 日時 2016年10月8日土曜日 午後2時から5時 
 場所 國學院大學たまプラーザキャンパス1号館410教室

 きんこんの会は、コミュニケーションに困難をかかえる当事者が、自由に語り合う場です。2010年に誕生し、活動を続けています。
 きんこんの会では大勢で話し合うために、コミュニケーションの援助の方法がたいへんスピードの速いものになっているので、初めてご参加の方には、なかなかわかりにくく、戸惑いを生んでしまうことが少なくありません。
コミュニケーションの方法についてていねいにお伝えするには、できればきんこんの会以外の機会を設定できればと思います。
そのために、きんこんの会の当日、午前中、もしくは1時頃から方法をご説明する時間を設けたり、別の日程を調整して大学に来ていただくなどしております。
 どうぞ、お気軽に、ご一報ください。

 お問い合わせは kinkon@hope.zaq.jp までよろしくお願いいたします。
 
 なお、大変申し訳ございませんが、当日お車でお越しの方は、近隣のコインパーキングをお使いいただけますよう、お願い申し上げます。