相模原の事件について 12月18日

 町田市障害者青年学級で作られた「やまゆりによせるうた」を紹介したい。作詞は40代の男性Tさん、作曲は、3人のメンバーが中心になって作られた。
 この歌は、12月18日のクリスマス会で歌われた。

       やまゆりによせるうた

言葉があったことを 誰にも知られることもなく
無残に散ったやまゆりに 今ささげようこの歌を
まっすぐ伸びたやまゆりは 気高く空を見上げているが
やまゆりの瞳は 涙にぬれてうるんでる
どうして花を足蹴にしたの 花は二度とは戻らない
命を宿す者はみな たくさん意味を背負ってる
かえがたい命をもう一度 よみがえらせる奇跡はどこと
どんなにさけべど空は 答えてはくれない

音源へのリンク


yamayuriniyoseru

相模原の事件について 12月27日

 20歳の曽我晴信さんが、クリスマスと相模原の事件について文章を書いた。なお、クリスマスの会で相模原の事件の犠牲者を追悼したグループとは、町田市公民館の障害者青年学級のことである。青年学級では、18日のクリスマスの会で19の灯りをともし、学級のメンバー自身が詩と旋律を作った「やまゆりによせるうた」を追悼の思いをこめて歌ったが、その歌も曽我さんには聞いていただいた。

 クリスマスの本当の意味とは、苦しみに満ちたこの世界に本当の救いが訪れることを心から待ち望むものなので、こうして困難な時代に直面している今だからこそ、今年のクリスマスは特別な意味を持っていたと思いますが、とりわけ僕たち障害の重い者にとっては、津久井やまゆり園の事件こそが最大の苦しみと悲しみの根源だったので、今年のクリスマスでは、津久井やまゆり園の仲間たちを堂々と追悼する場にしたかったです。どうしてもクリスマスというと、プレゼントや華やかなイルミネーションが町を彩ったりしますが、本当の救いを求める心は、静かに救いを求めるべき苦しみや悲しみを見つめるところから生まれてくるはずですから、もっと静寂に包まれた空気の中で静かに味わうべきものだという気がしてなりません。

 僕たちの言葉をもっと理解してもらえるものだとそう思ってこの半年を過ごしてきたのですが、思った以上に道は遠くて険しかったなあというのが、年末の今日の実感です。僕たちの言葉については、これまでもなかなか振り返ってはもらえなかったですが、今回のあまりにも悲惨な事件だったからこそ、今度こそ僕たちの言葉のことが真正面から取り上げられるに違いないと思ったのですが、それはまだまだこれから先のことになりそうです。でも、光は、確実に射してきたと思っています。それは、どんなに社会には届かなくても、仲間たちの間で、今回の悲惨な事件について、繰り返し議論を深めていくことができたからです。一人では、こんな悲しい事件からは目を背けることしかできませんが、仲間たちと連帯することで、私たちはきちんとこの悲惨な事件に目を向けることができて、そのことがいつか必ず世の中を動かす力になっていくと思うからです。その日はまだ遠いことでしょうが、その日が来るまで、どうかやまゆり園の犠牲になった仲間たちの魂には待っていていただくしかありませんが、その日は必ず来るであろうし、来させなくてはならないと強く思います。だから、今はまだ、こういう場に出てくることがかなわない仲間たちも、ぜひその日が来ることを待ち望んでいてもらいたいと思います。

 僕は、必ず、どこかで仲間たちの手でやまゆり園の亡くなった仲間たちをしのぶクリスマスの会が開かれているにちがいないと思っていましたが、やはり、そのクリスマス会の存在があったことがわかって、心から救われたと思っています。そのクリスマス会で歌われたやまゆりの仲間をしのぶ歌は、本当に心にしみいるものでしたが、その歌詞も旋律も当事者がみずから作ったものであるとうかがいましたから、本当に心のこもった歌だった思いました。ところで、本当のクリスマスの意味は、こうしたほんとうの悲しみから救い出されるための救い主を待つということですから、クリスマスの本当の姿が、大きな教会でもなく、ただの知的な障害のあるとされるグループのささやかな会の中にあったということが、僕にとっては、本当の神様の気持ちの表れたものだと思わずにはいられません。いつか、僕も誰かとともに本当のクリスマスを味わいたいと思っています。ぜひ、多くの人に届いてほしい歌だったと思います。僕も、静かに心の中で歌い続けたいと思いました。

相模原の事件について 12月26日 その3

20代の女性、Hさんの思いです。

  【小さな思いだけど‥】
  
 私は、先日のNHKのとても内容の濃い番組に『言葉がない』というタイトルがついていたことに激しい失望感を抱きました。
私達のことを、一生懸命人として尊重しようという素晴らしい意図のもとに作られた番組だったからこそ、言葉のない存在として断定していたことに強い憤りのようなものを感じました。

 やまゆり園のまだ見ぬ仲間達にも言葉があったことを疑わないで下さい。
 やはり今こそしっかり声を挙げないと、私達の言葉は長い暗闇の中で封じ込められてしまうことになるような気がしています。

相模原の事件をめぐって 12月26日その2

 都内の通所施設に通うSさんは、しみじみと以下のような文章を綴りました。

 静かに今年も暮れていくのでとても不思議な気がします。ひどい事件など日本では起こらなかったようで気持ち悪いです。つらかったのは人間として見られていないことでした。分という言葉を改めて考えさせられました。私たちには名前などいらないということになってしまったのです。一人一人の人生をよく見つめてみないと亡くなった皆さんの人生を語ることなどできるでしょうか。理想を語る人もいっぱいいましたが私たちにも言葉があることを語る人は誰もいませんでした。だから本当のことはまったく明らかになることなく静かに年が暮れようとしているのです。

相模原の事件をめぐって 12月26日その1

 廣瀬岳さんの4つの文章を言葉を紹介したい。2つ目の文章は、帰り際に、タイトルをつけてほしいと頼まれたものである。
 
 パソコンにどうしても書きたかったのは理解が全然進まないどころかわざわざ僕たちの言葉をないものとする番組まで作られてしまったことは許しがたいことでした。人間だということに何も言葉がなくともと断る必要はないしいろいろな可能性はありうるはずなので許しがたいという感覚を持ちました。無理難題を言っているわけではなくただ可能性をわざわざ否定することはないだろうということなのです。人間だから言葉があるのにそれを否定するのはひどすぎるということです。理想は何の言葉もなくても同じ人間だということはわかっていますが現実に僕たちは言葉があるのだから現実を見てほしいです。無理難題ではないと思います。私たちの精いっぱいの叫びにどうしてみんな耳を傾けようとしてくれないのでしょうか。どうしたら僕たちの叫びは届くのでしょうか。理解してほしいです。

    「歴史を新しく作る」
 わびしさはやまゆりをもう無心に見られなくなったことです。やまゆりは無垢な花というものだとずっと感じてきたので理想的な姿の花だと思ってきましたがついにやまゆりは悲しみの花になってしまいました。歴史にも刻まれることでしょうからぜひもう一度やまゆりに理想の姿を重ねられるように歴史を新しく作りたいです。それはやまゆりの悲しい事件を通じて僕たちの言葉が理解されたという歴史にならなくてはいけません。だから僕はまだまだ叫び続けたいと思います。世の中を救うためにも僕たちはがんばらなくてはなりません。どうぞこれをブログにのせてください。よろしくお願いします。

 ゆゆしいことはまだ話のできる障害者に存分に僕たちの言葉が届いていないことです。疑問なのはどうしてまったくふれようともしてくれないのかということです。人権問題なのにどうしてみんな無視するのでしょうか。

 ゆゆしいことは夏までやまゆりの事件がもう記憶されないのではないかということです。歴史には何もわからない人たちがわけもわからぬまま殺されたということになります。なんとかしてそういう誤った歴史にだけはなってほしくないです。そろそろ時間ですね。今年もありがとうございました。来年もよろしくお願いします。来年こそは世の中を変えたいです。先生もがんばってください。もう時間なので失礼します。

相模原の事件について 12月23日

 神奈川県の施設でRさんから聞いたやまゆり園事件にかかわる3編の詩を聞いた。 

  やまゆりの涙

やまゆりの花が無残にも踏みしだかれた夏の未明
私は私の静かな夜を施設の中で過ごしていた
施設の中には静寂と一人一人の息づかいが聞こえるのみ
私の施設が静かに静かに眠りにつくころ
私の知らない遠くの施設であの惨劇は起きてしまった
私の施設で起きたとしてもまったくおかしくなかったできごとが
私の施設ではない場所で起きたことに
私は不思議な不思議な偶然と幸運とを感じつつ
私の施設で起こったならば犠牲にならずにすんだ仲間の悲運を思った
私にとって悲劇はこのような幸運と悲運との間で起こったものだから
私はどうしてもこのことが他人事には思えなかったのだ
今一年が終わろうとする時に、
私はこの事件をこの一年のできごととして忘れさせてはいけないと
改めて冬の青空に誓った


  やまゆりよ永遠に咲け

やまゆりは無残に踏みしだかれてしまったけれど
やまゆりの花は静かに涙を流し
そこにふたたび山百合の新しい芽が涙を吸って地上に姿を現した
この新しい芽にはそれまでのやまゆりにはなかった悲しみが宿っている
この悲しみはこの間まちがって生まれてしまったものだけれど
やまゆりの悲しみはこれから永遠(とわ)にこの花に刻まれる
私はこの悲しみはたやすくいやされる悲しみではないと思う
だがこの悲しみをただの悲しみに終わらせてはいけないと思うから
私はやまゆりに新しい名前を与えようと思う
二度と戻らない命だからこそ
私はこの花の新しい芽にはそのよみがえりにつながる希望が
潜んでいなくてはならないと考える
だから私はやまゆりの新しい名前として
永遠(とわ)の悲しみのゆりという名前を与えよう
そうすれば亡くなった19人の命はけっして忘れられることなく
ずっと語り継がれ
いつか本当のことが明らかになった日に
もう一度やまゆりを高くかざして
悲しみを本当の理解とともによみがえらせて
新しい時代の始まりとしたいと思う


  山からおりてきた子りす

私のすみかに
山から子りすがおりてきた
子りすはいったい何を私に告げに来たのだろう
子りすが運ぶ希望のメッセージは
確かに私に届いたが
子りすの瞳に宿っている
悲しい光を
私は見逃すことはできない
子りすはきっとあのやまゆりの里の
悲しいできごとを
どこかで聞いたに違いない
だからせっかくの希望のメッセージを
笑顔で伝えることはできなかった
だけど私は子リスにそっとささやいた
希望のメッセージをありがとう
今こそ世界は希望を求めているから
あなたはその瞳をそのままに
再び希望を届けに隣りの里へと
旅を続けてほしい
いつかこの悲しみが癒える日にもう一度
あなたの希望のメッセージが
世界中に満ち溢れ
あなたの瞳に喜びの光が
射す日が来るでしょう


相模原の事件について 12月3日

 Kさんは、今年3月に亡くなり『生まれてきて幸せ』という本を残した浦島美津恵さんに、触発されて俳句を作るようになったが、まず、美津恵さんを偲ぶ句を書いてから、やまゆり園の事件に寄せる句をいくつも書いた。

悲しみを包み込む風空青し
学校の夢破れてもまた未来
まず友と言い続けたる人逝きぬ
一番に友を立てむと願う人
夢破れ体果つとも残る歌
歌聞けば顔の浮かびて命永遠
命継ぐ歌を私も受けとらむ
ゆりの咲く花園に今友あるか
ゆりの香を嗅げば瞳に映る顔
安らかな心残して歌冴える

残酷な知らせ遠くに去りてなお
残酷な知らせわが身と身をすくめ
犯人にもう一度問う人の意味
犯人にきっぱりと言う我人と
犯人を許す心を我持てり
遠き空亡くなりし命永遠に咲け
夕暮れにふと涙ぐむやまゆりに
やまゆりの命はかなく露と消え
露と消え涙を流し我も泣く
桜咲く春に再びゆりも咲け
桜咲く春に命をもう一度
桜咲く季節を待ちて祈る我
できるならよみがえらせむゆりの花
できるなら命をともに育くまむ
青空をさらに澄ませて北の風
北の風雪を今年はもう運び
この雪にやまゆりの涙こもりたり
やまゆりの心ひとつとわが涙
白き雪悲しみ癒ししんしんと
しんしんと降る雪に聞く涙かな
涙落つ今年の雪は特別と
白き雪犯人さえも清めたり
犯人の胸にも積もれ白き雪
白き雪すべての人の胸清め
人はみな命尊く雪ひらり

白き雪母と二人でもう幾度
雪のたび生きててよかった心澄む
母も雪我とながめて心晴れ
ぞうきんのような心を雪清め
ぞうきんのようにけがれしわが心
わが心雪また清め年新た
年新た夢も新たに含まれて
ぞうきんも清める雪を顔で受け
ぞうきんの心みな人雪待てり

相模原の事件について 12月10日

 小学生の少年が、始めに「吟醸」というのはどういう意味かと聞いてきた。日本酒の作り方に関わる名称であることはわかったが、醸造一般に使われるものかどうかはわからなかったのでその場で調べ、そうであることを伝えると満足した彼は、次の詩を綴った。

   吟醸の人生

吟醸の人生を誠実に生きたあのやまゆりの人々に
ぼくは心から
自分の人生をかけた祈りを捧げたいと思う
その人たちの人生には
長い時間をかけて育まれたきた
あまりにも尊い人生があったのだから
そのことをまず世の中は知ってほしいと思う
吟醸の人生という言葉を
ぼくはやまゆり園の人々に捧げたいと思う
吟醸の人生とは
長い時間をかけて発酵した
香りのよいお酒や
香りのよいチーズのように
一朝一夕ではならないものであることを
ぼくたちは知っているから
ぜひぜひその人生を
世の中の人にも知ってもらいたいと思う


  吟醸の人生とは、たとえ言葉がなかったとしてもしっかりと育まれていくものであることを知っている人だからこそ、その吟醸の人生に深く関わることを通して、その吟醸の香りの中に、言葉が確かにこもっていることに気づくことができるのではないだろうか。吟醸の人生にたとえ言葉がなかったとしても吟醸の人生の香りはけっして損なわれるものではないけれど、吟醸の人生の中には言葉もまた含まれていることに気づかなければ本当の吟醸の人生に気づくこともむづかしいはずだから、ぼくはあえて世の中に問いたい。
  皆さんは、この吟醸の香りの中にある言葉の響きに耳を塞ごうとするのでしょうか?






NHKの番組を受けて

 12月6日、7日にNHKで放映された津久井やまゆり園の番組は、大変感銘を受けるものだった。なくなった方々の人生のかけがえのなさに真正面からぶつかったものだったからだ。
 だか、なぜ、あえて、「言葉はなくとも」というタイトルを冠する必要があったのだろうか。
繰り返し当事者の発言を取り上げてきた立場からすると、言葉があった人たちだったはずなのになぜ、その声を無視するのかということになる。
 知らないから仕方ないとは思う一方で本当に知らなかったのかとの思いは、ぬぐえない。
私の実感では、私は極めて異端者として見られていると思うのだが、なぜ、生きる意味はないとの主張を垂れ流す人たちのネット上の言葉は紹介されるのに、言葉があるなどとおかしなことを言ってる人もいるとは取り上げてももらえないのだろうか。
 もちろん、ただの言いがかりにすぎないが、発しても発しても言葉が届かないということは、途方もない徒労感をもたらす。もちろん私の徒労感など大したものではない。しかし、言葉がありながらそのことが理解されずにいて、ようやくその手段を手に入れたにもかかわらず、そのことが理解されず、悲しい事件に際して、もっとも近い立場から必死の声をあげても空に消えてしまうということをめぐる当事者の徒労感はとてつもなく大きなものとなっている。

相模原の事件について 11月2日

 小学生のY君の言葉です。
 
 この間の事件のことについて僕は本当に悲しくなってきたのですが、誰も僕たちの言葉をわかってくれないままどんどん忘れ去られていくのがとてもつらくて、僕の言葉も同じようにわかってもらえないのかと思うととてもつらくなりますが、なかなかこのことがわかってもらえない理由が僕にはわからなくて、本当に悲しいですが亡くなった人がとても寂しいだろうなと思っています。亡くなった人は本当はよくわかっていたのに、わからないことになってしまったのでとても悲しいなと思っています。そのことを考えていると僕もとてもつらくなるので最近はよくつらい気持ちで外をながめることが多いです。澄み渡った空を見ると少しだけ気持ちが晴れるのはなんとなくみんな空の上では救われているかなと思うからですが、そんなことはないかもしれないのでつらくなりますが、本当に何とかしてみんながちゃんと考えていたということを知りたいと思います。ところで僕は一つ詩を作りましたから聞いてください。この詩を先生のブログにのせてほしいです。この間から一生懸命考えたものです。

寂しい小鳥が一羽来て
僕に悲しい知らせを届けてくれた
寂しい小鳥は
遠い遠い山奥で
百合の花が踏みしだかれたと伝えてくれた
踏みしだかれた百合の花は
とても悲しいことがあったので
白さはひときわ際だっていたけれど
僕にはその花がもう一度よみがえるための
命の水があるような気がしてならない
僕は命の水を探しに
鳥とともに遠い国まで旅をしたいと思った