相模原の事件について 3月31日

 新潟で開かれた雪どけの会で、中学生がやまゆり園の事件をめぐって、次のような言葉を語った。

 最近なのかどうか僕はまだ若くてわかりませんが、なんだか時代は僕たちを排除するような方向に動いているような気がしていて、みなさんはお気づきの通り、僕は数年前から君たちは生まれてこない方がいい人たちだよと言われ続けているのですが、昔はそこまで言わなかったと聞いているので、なんだか世の中は退行しているのではないかと思います。
 それに去年はあんな悲しい事件が起こってその悲しい事件の中でいちばんつらかったのは、誰も僕たちの存在の本質的なことを言えなかったことです。何もわからない人がなくなったからかわいそうだと思ってくれるのは、まあ、いいとして、誰もあの人たちだって人間として豊かに生きていたと言わないので、これはたいへんなことだと思っています。僕たちが殺されたらあんなふうにしか言われないのかと思うとなんだかそれは違うと大きな声で言ってみたくなったのですが、相変わらず声は出ないし、届かないからここでしか言えないのですが、僕はあの事件の時、何度となく、声を出したかたのですが、僕たちは、わかっていると叫びたかったです。僕は車いすなので、どうもあの施設ではないかもしれないのですが、僕と同じ仲間の人もいたみたいなので、みんなあんなふうに言われたらたまらないなと思っています。ちょっと憂鬱になってしまったのですが、このことを今日はちゃんと言おうと思ってきたので、言えてよかったです。
 やまゆりの花は昔は純粋無垢の花でしたが、あれ以来ゆりを見ると、なんだか涙が湧くようになってしまったので、とてもつらいつらい時代が来たなあと思っていますが、こういうことをきちんと伝えれば正しい理解も得られそうなので、少し遅ればせになるのでしょうが、いつかちゃんとあの方々も人間として深い考えを持って生きていたことが当たり前になる時代が来るのを僕はこの目で見届けたくてしかたありません。僕の目は少しもう白内障が混じっているので、はっきり見えなくなってきたのですが、それでも僕は真実だけは見通したいと思っているので、ちゃんと真実としてあの人たちの存在が受け入れられる日を、まっすぐこの目で見届けたいと思っています。
 あと一つどうしてもやっぱり言っておきたかったので、これも世の中の人にがつんと言ってやりたいことなので、言いたいと思います。僕はあの犯人を許してあげたいです。だって人間みんな生きる意味があるのだから、あの人のやったことは許せませんが、一人の人間として、やっぱり何かを感じて生きてきた人だから、やっぱりあの人を許すべきだろうと、誰も言わないので、僕たちが言ってあげます。やっぱり同じ立場の仲間を殺された人間だからこそこの言葉が言えるのかもしれないので、僕は大きな声で僕たち知的障害者は、あの人たちを許しますという言葉を発したいと思います。それさえ言えれば何かが伝わるような気もするので、誰もそのことを言わないのは、やっぱり世の中の人もあの事件の前に、理想も何もかも見失っているのだと思います。どんな人間でもちゃんとした理由があって罪を犯すのだから、その罪の理由をたどらない限り、世の中は救われることはないので、僕はそのことも一生懸命考えてきたので、言えてよかったです。先生もずばっと来るなあとおっしゃったように、これは核心の言葉だと思うのでちゃんと言おうと思いましたが、先生の口ぶりでは仲間の誰かが言っているのですね。
 まさに直球を社会の中へ投げたつもりです。僕たちのことを理解するのはあとになってもいいので、あの犯人を許せと知的障害者本人は言っているということを伝えられればいいなと思います。

相模原の事件について

4月15日に開かれたきんこんの会で、一つの詩が披露された。同じ相模原市の施設で暮らしている方が作ってこられたものだ。

桜の花が今年はなぜか散らない
空気もひんやりとしたまま
なぜか春は足踏みを始めた
きっと今年は
大騒ぎをして桜の花を散らしてはいけないと
春は思ったのだろう
だから春は静かに摺り足で歩み始めた
だから桜の花もその春の気持ちに気づいたから
今年はじっと耐えれるかぎり耐えて
花びらを散らそうとしている
花びらは涙の形をしている
たくさんの涙が去年は流れたけれど
こんなにたくさんの涙が今
桜の花びらからあふれ出していることに
世の中の人は気づいていないだろう
でも僕にはこれが
涙の嵐のように感じられる
だから今年の桜は
僕は永遠に忘れることはないだろう

4月10日に開かれた他の集まりで、今年の桜の花の咲き方に目を止め、そこに事件の悲しみを重ね合わせ、花びらの形を涙と呼んだ中学生と高校生がいた。きっとどこかでこうしたまなざしで桜をを見つめた人はいたに違いない。

第4回介助つきコミュニケーション情報交換会の報告

第4回介助つきコミュニケーション情報交換会のご報告

3/18(土)、二松学舎大学13Fラウンジにおいて、《第4回介助つきコミュニケーション情報交換会》が開催されました。
三連休の初日にもかかわらず、北は福島県から、山梨県・静岡県・岐阜県と遠方からの参加もあり、総勢50名を超える参加者になりました。
今回は最初に小グループに分かれていただき、実行委員の4名が各グループに入り、ゆっくりと自己紹介の時間を設けました。介助つきコミュニケーションに出会うまでの経緯やどんな目的で来られたのか等をお聞きし、お互いの距離が近づいてきたところで、いよいよ、指談や文字盤を使っての体験や練習、または、通訳を通しての当事者同士の会話等、それぞれの目的に合わせたグループができ、自由に行き来しながら、あっという間に時間が過ぎていきました。
一度、16時過ぎに会を締め、そのあとはお茶やお菓子をつまみながら座談会。
さらには、場所を移動してからの二次会(もちろんアルコールあり!)は、柴田先生も合流してより和やかな(所々では大爆笑しているテーブルもあり)雰囲気の中、情報交換会は終了しました。


アンケートに寄せられたご感想をいくつかご紹介します。

 ◎長男○○、家内と三人で参加させていただきました。先日、守本さんに指談してもらい、今日も指談してもらいました。本人が勉強したいという考えがわかり、今後、本のCDとか本の読み聞かせをしたいと思います。家内と私が指談できるように目指したいのですが、やはり、本人が主体的に情報を発信できるようにパソコン等を導入したいと考えています。今日は長男の気持ちを理解できたことに加え、皆さんと情報交換ができ、極めて有意義でした。今後もこのような会を作っていただければと思います。

◎自閉症の当事者の母です。きんこんの会には毎度参加させていただいておりますが、今回初めて情報交換会に参加しました。息子との指談が思うように進まず、どうしたものかと思っておりましたが、今回、大野さんと栗山さんに体験させていただき、○✕△が読み取れて、大変感激しました。お母様方からもとても親身なアドバイスもいただき、参加して良かった!と心から思いました。帰ったら息子とも焦らず楽しくできるようになりたいと思っています。今日は有意義な時間をありがとうございました。

◎第四回目の情報交換会は、原点を意識されて、参加者の参加理由や自己紹介も、グループでも全体でも共有できたことや、もっと知りたい、不思議?にそれぞれの意見が交換できたとこと、沢山の情報やつながりを得て帰ることができて、とてもよかったと感謝しています。我が家にも、翌日福島の先生が訪問してくださり会場では話せなかったこともお話しできました。また、人により通訳することが違うのが不思議だという気持ちをいってくださるかたや、回りに信じられない人がいてといった悩みも出てきて、とてもよかったと思いました。かえってそういう、不思議だとか、違和感があるとか、感じているけど今まで口にしてはいけないのかな?という雰囲気があったのかもしれませんね。信じられない人信じきれない人へも寄り添える情報交換会になれば良いなと思いました。そして、私が一番よかったなと思えたのが、通訳ができる人が増えること、早い聞き取りができることで見えてくる課題を共有できたことです。運営の皆さんのお陰と心から感謝しております。
◎皆さんの伝えたい思いのエネルギーを感じることができました。久しぶりの指談でしたが、自分なりの方法でできることがわかり、自信につながりました。当事者の方々が通訳を通して語り合う姿はとてもステキです。

◎初めての参加でしたが、私(母)はとても良かったと思います。子どもが仲間の皆さんと通訳の方を通して話ができたことが初めてのことでした。何人もの方と子どもが話しているのを見て、本当に感動です。

◎初めて参加しましたが、とにかく雰囲気が良かったです。グループでのシェアも充実していましたし、何より色々な人が指を取らせて頂いてお話ができること、不確かな読み取りの時に他の方に「確認お願い」と言えること、確認したことで間違いを直せたり思いもかけない言葉が合っていたりと私たちも驚きや喜びがいっぱいでした。J君とK君の「会話」はお母さんと私でおこないましたが、本当に何気ない若者のやりとりが出来て、ご本人達はもとよりお母様方も大笑いするような場面もありました。また、確認作業の中でなぜ言葉を取り間違えたかを検証できる場面もありました。その時も通訳者が何度も「間違えた?」と聞きながら取り直しました。正しい答えに行き着くまで丁寧に聞き直して、正しい答えを得た時の当事者さんの満足そうな笑顔は忘れられません。そして「違うよ」のサインに気がつくことの大切さ、丁寧にそのサインを読み取る真摯さが、ここではきちんと行われている、と嬉しくなりました。一文字の大切さ、改めて胸に刻んだ一日でした。通訳者と当事者さんと一般参加の方々との垣根がなくて、誰でもが思いを共有し、自分のできることで寄り添い合う。こんな会を作ってくださったことに心から感謝です。


実行委員会では、次回の開催を検討中です。今回は、残念ながら参加できなかった方、または、これを読んで興味を持たれた方、もちろん、毎回参加されている方も、また、ご案内させていただきますので、ぜひ、ご参加ください。

相模原の事件をめぐって 3月31日

 新潟のM君の言葉です。

 僕はこの間のやまゆり園の事件について今のままだと被害者の仲間たちはまるで何もわからないまま殺されたということになってしまうので、とても悔しい気持ちがぬぐえません。私にとって何もわからないと言われることは人格を否定されるようなものなので、今回ばかりは、どうしてもこのことを強く訴えたくて仕方ありません。どうしてこのことを誰も指摘してくれないのかたいへん不思議なのですが、それほどまでにこのことが知られていないのかと悔しく思うとともに、知っている人もまた、このことの重さに気づいていないということがとても悔しいです。