Hさんの詩

 電信柱のうたを聞かせてくれたHさんが、6月10日に聞かせてくれた他の詩も紹介しておきたい。

  おかあさんへ

銀色の空から
がんばれという雨のしずくが落ちてくる
銀色の雨のしずくを手のひらにためると
手の中に小さな池が生まれてくる
小さな池にもう一度空を映すと
空の雲がさっと晴れて青空が映った
そしてかあさんもにっこり笑った


  光

光を光として見ることはできないから
人は光のあたる闇を見て
そこに光を見つけ出す
光のような僕たちは
光っているとは知られぬままに
人の笑顔を照らし出す


  瓶

海をただよう瓶一つ
僕はまるで待っていたかのように
海岸でその瓶を見つけた
瓶の中には一枚の手紙が
紙もよれよれになってはいたが入っていた
紙を広げてみると不思議な文字が書かれてあって
文字の読めない僕だから
僕にはその意味がよくわかった
助けてほしいとその紙は訴えるように語っている
僕はざぶんと海に飛び込んで
瓶の流れてきた方向に泳ぎ始めた
どこまで行っても海は続いており
瓶に願いを託した人は見つからなかったが
僕もいつしか瓶のように
海を漂う紙のようになり
ただただ祈りを捧げ続けて
生きているのかいないのか
それさえわからず海の中で
僕はやさしい声を聞いた
がんばってここまで来てくれてありがとうございます
声はそう言って
また波の中に消えていった
僕の体もいつしか波を漂う瓶になり
再び海岸にたどりついた


 まるのうた

ころころころがるボールのように
僕の心はいつも丸い
まあるい心がころころと
どこまでもどこまでも
ころがり続けて旅をする
まあるい心はちょっとだけ
欠けたところを持っている
欠けたところは
どこかで誰かが泣いているから欠けている
ころころころがって
僕は悲しみを探し続ける

相模原の事件をめぐって 6月10日

 昨年の秋(10月28日のブログ) 、「電信柱のうた」という詩を作ったHさんが、その続編を作った。
 
 電信柱のうた その2

電信柱は悲しみがずっと癒えずに冬を越した
悲しい事件の傷あとは
癒えるどころかうずきを増して
心に深く突き刺さる
電信柱の鳴き声を
今年は北風もがんばって
力強く鳴らしてくれた
電信柱が泣いていることを気づいた人は少ないが
電信柱の鳴き声に多くの人は悲しい気持ちを高まらせ
今年の桜に届いたから
今年の桜は悲しみを静かにためて
静かに咲いて静かに散った
電信柱の悲しみを
今年の夏にはきっとひまわりが受け止めて
黄色い笑顔を悲しい泣き顔にすることだろう
ひまわりの悲しい顔に気づく人はいないだろうが
僕にはひまわりの悲しみが葉っぱの中から聞こえてきたので
今年の花は笑顔をなくしてひっそりと咲くだろう
夏が来たらやまゆりは
今年はしおれたままで誇らしさもなくして咲くことだろう
電信柱の悲しみは
ひっそりと花々に届いているから
今年の花はどの花も
静かな悲しみをたたえている


  電信柱のうた その3

電信柱が伝えるものは
悲しい風と悲しい知らせ
電信柱の運ぶものは
電気という名の悲しみで
電気のように悲しみは電線を通って伝わるけれど
電信柱の悲しみは直接人に届くもの
電信柱の悲しみを感じた人はいないけれど
電信柱の悲しみを僕は今日も感じている
電信柱を数えるたびに悲しみはいっそう深くなる
電信柱の悲しみを一つ一つの電信柱は伝え合いながら
悲しみはいっそう深くなる
19本を数えたところで僕の涙は枯れ果てて
そのあと再び1から数え繰り返し
19本で指を止める
19という数字が持つ意味が今年はとてもつらかった

相模原の事件をめぐって 6月11日 「植松聖さんへ」 

 田所弘二さんは、今日は父から宿題をもらってきたと切り出しました。その宿題とは、「相模原の事件の犯人に会ったらなんと言いたいか」というものとのことでした。以下は、田所さんのその宿題に対する答えです。


      植松聖さんへ

                   田所弘二

 僕が植松聖さんに会ったらいちばん先に言いたいことは、「あなたも同じ人間だということが大前提です。」ということです。その上で、「あなたには私たちのどこが人とちがうと思えるのでしょうか?」と問いかけたいと思います。
 夢の中で、僕はあなたに一度会ったことがあります。あなたはその時、悲しそうな顔をして泣いていました。「私たちの悲しみをわかってくれないから、私はあなたたちをもっと悲しい人間だと思ってしまいました。だから、ぼくはあなたたちをなきものにしようと思ったのです。」これが僕の見た夢の中のあなたの台詞でしたが、きっとあたっていたと思いますがどうでしょうか。
 僕は私たちが悲しい存在だとは思っていませんから、ぜひそのことをわかってほしいのですが、そのことを私たちから聞き出すの大変ですから、ヒントをあげたいと思います。あなたは残念ながら気づけなかったのでしょうが、私たちのまわりにいる人たちは、私たちが悲しい存在ではないことを知っています。親はもちろんのことですが、関わってくれる人たちは、私たちの中にひそむ輝きに目を向けてくれました。だから、私たちは常にそのような人たちとの間にすばらしい世界を作り上げてきたのです。
 もちろん、世間の人たちはそのことは知りませんから、残念ながら、あなたの投げかけた言葉に真正面から反論することができませんでした。しかし、声をあげなかったけれど、たくさんの人たちがあなたの言葉にゆるぐことなく、私たちとの関係の中にある輝きを再確認してくれました。
 どうかもう一度私たちの真実と、関わり手の真実を見直してください。
 その上で今日どうしても言いたいことは、やまゆり園の人たちにもいたと思いますが、特別な方法を使えば私たちはみんな当たり前のことを考えていることを伝えることができるということです。あなたが意思疎通できないと決めつけた人たちは、確かに方法を持っていなかったかもしれないけれど、方法を持っていなかっただけだということをつけくわえたいと思います。
 そしてどうか、あなたの口で僕は間違っていたと心から言えるように、もう一度事実を素直な目で見てください。

第3回介助つきコミュニケーション研究会のご案内

 以前にお知らせしてありました第3回介助つきコミュニケーション研究会の詳細をご案内させていただきます。
 よろしくお願いいたします。

kenkyuukai201706