FC2ブログ

2018年9月29日 きんこんの会のお知らせ

 次回のきんこんの会は、2018年9月29日に下記の通り開催いたします。

日時 2018年9月29日土曜日 午後2時から5時まで
場所 國學院大學横浜たまプラーザキャンパス410教室

 きんこんの会はコミュニケーションに困難をかかえる当事者が、自由に語り合う場です。2010年に誕生し、活動を続けています。
 なお、当事者の意思伝達の方法は介助つきコミュニケーションによっていますが、話し合いをより円滑に進めるためには、最速の方法による必要があります。初めてご覧になる方にはわかりにくいかもしれませんので、もしこの方法に関心をお持ちの方は、きんこんの会当日の空き時間や別の日程でご相談に応じたいと思いますので、ご一報ください。連絡先は、
kinkon@hope.zaq.jp 
です。どうぞよろしくお願いいたします。
 なお、基本的に、当事者の語り合いの会なので、いわゆる「見学」はご遠慮いただいていますが、当事者と関わる上で、試行錯誤を重ねていらっしゃる方々は、どうぞ、おこしください。

津久井やまゆり園の事件について 2018年8月7日

 毎日新聞の神奈川版で取り上げられらた津久井やまゆり園での指筆談のことをめぐって、大学によくおいでになる小古間さんの意見を聞いた。

 〖やまゆり園のこと、これから〗________
 私達の言葉の取り組みの成果とも云える出来事がありました。
それは、津久井やまゆり園でも筆談という方法について検討が始まったということです。
2年の間、私達はやまゆり園の事件について考え続けてきました。きんこんの会では、やまゆり園の当事者に会ったことなどついてはあまり触れずにきましたが、新聞の掲載をきっかけにして私達も堂々とやまゆりの仲間と云う言葉を使える時が来たと感じています。
だから、ここからさらに歩みを進めて、亡くなった人達もまた豊かな言葉の世界をお持ちだったと云う事実を世界に訴えていきたいと思います。

津久井やまゆり園の事件について 2018年7月31日

  滋賀県の小学生N君が、「未来の会」という会を作って、「自閉症」と呼ばれる子どもたちを中心にして、年に1,2度私の大学で話し合いの会を持っている。その中で、彼は、以下の文章を書き取ってほしいということで、伝えてきた。

  やまゆり園の亡くなった人たちへ

言葉があることさえ誰にも知られないまま亡くなった19人のみなさんの無念の思いを、僕は一生懸命この胸に引き受けようとして、この2年間を生きてきた。美しいゆりの花を泥のついた靴でふみにじった男もまた心に深い傷を持っていたことはよくわかっているが、少なくとも男は自分の傷を世の中の人に伝えることができていやされているにちがいないけれど、男のようにいやされていない魂が僕には毎夜毎夜悲痛なうめき声のように聞こえてくる気がする。一日でも速く19人の魂がやすらぎをえられるよう、僕は今日も祈り続けている。

津久井やまゆり園の事件について 2018年7月17日

 2年前、津久井やまゆり園の事件の当日、研究室を訪れ、考えを述べた曽我さんが、事件から2年が来ようとしている7月17日、2つの詩を綴った。

  やまゆり

やまゆりよ永遠なれとぼくたちは2年間祈り続けてきたけれど
やまゆりには大切な使命があったのに
やまゆりの花はふみにじられてしまったから
やまゆりの永遠を祈るには誰かがその使命を引き受ける必要があるにちがいない
やまゆりの使命とはきっと美しく咲き続けるっことだっただろうから
僕達はその使命を引き受けることはむずかしい
だけど僕達にはやまゆりの使命を引き受けるかわりに
これから咲こうとするやまゆりの使命を守ることが必要なのだと気がついた


  2年前の夏から

2年前の暑い夏の日のことだった
やまゆりの花をぐちゃぐちゃに踏み荒らしてしまったどうもうな敏感な熊がいた
熊の好物ははちみつだから
はちみつになるみつを蓄えることのないやまゆりには
なんの興味もいだかなかったのだ
だがやまゆりの花がはちみつになるみつをたくわえていないことで
困ってしまうのは熊だけで
ほかの多くの虫も鳥も動物も
花の意味を疑うことなどけっしてありはしなかったのだ
やまゆりをふみあらした熊には
甘いみつを出す花だけが意味のある花だったから
やまゆりなどには価値を感じることはなかった
大きな大きな悲しみが山じゅうにあふれたから
山はすべての花に咲くことがないよう命令を出した
そのためもう2年もこの山では
やまゆりだけでなく他のすべての花が咲くことをやめてしまった
熊はいまでも自分のふみあらした花のことは
自分が正しかったと言い続けているが
本当のことが熊自身にわかるまで
ゆりの花だけでなく
ほかの花までも再び咲くことはない
私はまたこの山にすべての花が咲き誇るようにと
祈りを捧げるのみである
なぜ祈りが届かないのかと疑ってみても何も始まらないが
私は今日も祈ることをやめるつもりはない
プロフィール

柴田保之

Author:柴田保之
所属:國學院大學人間開発学部初等教育学科
重度重複障害児の教育、知的障害者の社会教育、介助つきコミュニケーションについて実践的に研究を進めています。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ