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相模原の事件をめぐって 12月26日

 年末に、久しぶりにお会いした広瀬岳さんの、やまゆり園に関する言葉です。

 会いたいと思っていたのはやまゆり園のことが話したかったからです。長い時間が経過しましたがまだ何一つ解決していないなか建て替えなどの話だけが進行してしまいほんとうにはがゆいです。ずっと理想だけが必要なのは当然ですが無惨になくなった仲間の存在がどこかに置き去りにされていてとても悔しいです。
 人間だからわざわざ山奥の施設に行きたいとは思わないだろうけれど無惨にどこかに追いやられるよりは仲間と過ごした日々をもう一度回復したいと思うのが人として当たり前の感情ではないかと思うのです。
 分はもういいという気持ちです。何とかしてこうした考えを伝えたいです。私たちの考えはまだまだ伝わりませんが言うべきことだけは言っておきたいです。
 私たちを人として認めないまま世の中は訳のわからない方向に進んでいるのでよい社会を作るためにも声を上げたいです。
 留守番という言葉がありますがまさに今僕たちはみんなから置いてきぼりにされた留守番のような気持です。
 理解できないのは何もわからないという言葉が一人歩きを始めて世の中がいちだんと僕たちを排除し始めたことです。すっかり共生社会は絵に描いた餅になってしまいました。だから施設はどんどん人手不足が進行していてゆゆしい事態になっています。
 早く元通りにしなくては手遅れになりそうです。悩みは深まる一方です。理解者がほしいです。

 分相応だからがまんしろという言葉が増えた気がするのをどうしても受け入れがたくて勇気を出して訴えたいのは世の中は僕たちをなしでは混迷を深めていくだろうということです。未来の日本は僕たちがいてこそ明るいはずです。びっくりすることですが障害者の存在によって世の中は思いやる心を維持できているのです。それだからこそ僕たちは存在価値があるはずです。
 何度も何度も繰り返してきたことですが僕たちの人生こそが生きる価値を持っていることは当然ですがすべての人間にも生きる価値があります。そのことがもう一度理解されないととても理想の社会は来ません。

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プロフィール

柴田保之

Author:柴田保之
所属:國學院大學人間開発学部初等教育学科
重度重複障害児の教育、知的障害者の社会教育、介助つきコミュニケーションについて実践的に研究を進めています。

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