相模原の事件をめぐって 2018年1月6日

  やまゆり園の事件をめぐる中学生のK君の思いである。彼に、そんなことはないとはいえないことに無力感を感じるが、このまま終わらせてはいけないと思う。

                      数十年後の誰かに

  僕がいちばん言いたいことは、なぜ僕たちの言葉のことがこんなにも無視され続けるのかと言うことです。そのまま僕たちの言葉のことがなかったかのように過ぎていくことがとてもつらくて僕たちにとってはとても悔しい日々が続いています。僕たちの言葉のことをどう訴えても届かないのは、僕たちの言葉に関する無理解が根本の原因だとは思いますが、僕たちの言葉の問題以上に、僕たちの存在に対する根本的な偏見が大きな問題だと思います。だから、僕たちは、この事件を通してどうしても存在を認めてもらえなければ、この事件は、新しい偏見が根付いてしまうきっかけとなってしまうのではないかと、とても不安でいっぱいです。何とかして、僕は僕たちの存在をきちんと認めてもらう社会が来てくれることを望まないではいられないのです。どうしてもこのまま過ぎていかざるをえないなら、何十年後かの誰かに気づいてもらうことをかすかな望みとしていだくしかないのですが、そのまま過ぎていくということは、大きな障害者理解の後退なので、僕は、非常に寂しい時代が到来したと思わずにはいられません。唯一の希望は、今このことを数十年後の誰かに呼んでもらうために何とか文字として残すことができるということだけです。

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プロフィール

柴田保之

Author:柴田保之
所属:國學院大學人間開発学部初等教育学科
重度重複障害児の教育、知的障害者の社会教育、介助つきコミュニケーションについて実践的に研究を進めています。

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