社会に出るにあたって  曽我晴信さんの言葉

    「社会に出るにあたって」 
                       曽我晴信

 僕はとうとう学校を卒業して社会人になることになりましたが、社会人といっても、経済的には何一つ自立もしていないし、生活のほとんど全てを誰かの介護に頼るというものです。
 でも、僕はこのような生活にとても深い意味を感じていて、僕のような全てを誰かに委ねなければ生きられないような存在をきちんと認められる社会こそが、理想の社会であるということの生きた証しのようなものなので、とても存在することに対して深い意味を感じています。
 僕が社会に出たことのもう一つの意味は、こんな僕が一人の人間として生きる意味を社会に堂々とアピールする役割を持っているということです。 僕が社会の中で生きていく意味を明らかにするためには、こうして僕にも普通の言葉が備わっているということを明らかにしなくてはなりませんが、今はまだそのことを信じてくれる人が少なくて、困っているのですが、だからこそ、その問題に僕は僕なりに一生懸命取り組んでみたいと思っています。
 身体も不自由で歩くことも自分で食事をすることも困難で、その上、目もほとんど見えていないのですから、こんな重度の障害者にも、当たり前に言葉があることが示されれば、ほとんどどんな障害があっても、人は皆、人として豊かな言葉の世界を生きていることを証明できるに違いありません。
 そして社会をいつか変えることができたら、僕はそのとき初めて自分自身に向かって、僕はやっぱり生きることについて本当の使命を神様からもらっていたのだと自覚することになると思います。
 社会に出るなどと言っても、通所先と家庭の往復で終わってしまうかもしれませんが、できるだけ一歩ずつ社会に溶け込めるよう頑張るつもりです。

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プロフィール

柴田保之

Author:柴田保之
所属:國學院大學人間開発学部初等教育学科
重度重複障害児の教育、知的障害者の社会教育、介助つきコミュニケーションについて実践的に研究を進めています。

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