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津久井やまゆり園事件の裁判の開始に際して思うこと

 きんこんの会会長の大野剛資さんから、いただいたメッセージを掲載させていただきます。

 いよいよ植松被告の裁判が始まりました。
 あまり難しいことは解りませんが、僕なりに裁判について考えることがあります。
 被害者の家族や有識者と言われる人やマスコミでの扱いや論議などに加えての障害当事者としての僕なりの考え方です。
 2点あります。
 一つは、裁判で亡くなった方や怪我をした方を匿名で呼ぶことに関してです。
 一人だけお母様が、「娘は、甲でも乙でもなく、美帆です」と申し出た方がいました。僕は、美帆さんのお母様は正しいと思うし、「物」ではなく「人間」です。当然人格があります。亡くなってまで人として認められないことは、悲しいし、悔しいです。
 それぞれの犠牲者が一生懸命生きてきた「証」を踏みにじる行為だと僕は思います。遺族の意向がありますが、「障害者を身内に持ったことを隠したい」と言う意識が何処かにあって、氏名を公表しないのかなとも思います。
 2つ目は「どうしたら、障害者差別をなくすことができるのか?
 植松被告のように考える人も世間にはいるかもしれないし、事件をきっかけにそのような考えを持つ人が現れて、同じような事が起きないとも限らない」という事に関しては、もっともなことです「話のできない人は生産性もなく、生きている価値が無い」という植松被告のような考えは、間違っているということに関しての議論はあり、批判は当然です。
 でも、そこでもう一歩前に進めて「話ができない、発語ができない人達は、自分の意思や考えを持っていないかと言うとそうではなく、きちんとした自分なりの歳相応の考えを持ち、生きてきたその人なりの歴史がある」との論調にならないのが、とても残念です。
 「きんこんの会」で長年取り組んできて、多くの言葉を持たない人達が、周りとコミュニケーションを取れるようになったこと、また「きんこんの会」から、全国でこの取り組みが広がっていったことをもっと知ってもらいたいです。裁判が始まったことをきっかけにあらゆる所で、一歩進んだ議論と実践がされることを望みます。
                                       大野 剛資

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プロフィール

柴田保之

Author:柴田保之
所属:國學院大學人間開発学部初等教育学科
重度重複障害児の教育、知的障害者の社会教育、介助つきコミュニケーションについて実践的に研究を進めています。

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