FC2ブログ

相模原の事件をめぐって 8月3日その2

 8月3日、二人の女性からも切実な意見をいただきました。
 お二人とも、ふだんはとてもやさしい語り口をなさる方々ですが、今
回ばかりは、意を決して、きびしい言葉を綴られました。  
 お一人目は、重症心身障害と呼ばれるような状況にある方です。

 疑問があります。なぜ私たちに生きる権利が認められないのでしょうか。みんなつらい気持ちでいる理由はただ悲しいだけではなくわずかな希望がかき消されたような気がしたからです。分捕ることもしない私たちがなぜ存在が否定されなければならないのでしょうか。小さな疑問ではありません。大問題です。よくない人が犯した犯罪ならまだしも、もっと私たちを理解できるチャンスがあった職員さんに私たちが人間であることをわからせることができなかったということが悔しいです。
 いちばんねじれているのは世の中なのですがばかにされるだけならまだしもごんごんと苦しみが湧いてくるのは、わだかまりは凡人はなかなか消えないでしょうが、私たちはこの事件から忘れられない一言をしってしまったのだということてです。わずかな未来さえ閉ざされてしまったような気がしたからです。よい人間がみんな殺してもよいという言い方に染まってしまいそうになって私ははらはらしています。以上です。


 お二人目は、歩行の可能ですが、みずから言葉を発することは困難な方で、「重度の知的障害」と呼ばれる方です。彼女は、障害に関して、今回の被害者の方々とたいへん近い状況にあると言えるでしょう。

 私はこんなに悲しい気持ちになったことはありませんでした。なぜなら、私達の仲間がこんなにひどい殺され方をしただけでなく、存在の意味を否定されたからです。
 私にとっては私達の生きる意味は疑いようのないものなのに、世の中には私達のことをやはり不要な存在だという人がいます。
 だから悲しみが二重になって私達を襲っているのです。
 私にとっても、私があの施設にいてもおかしくなかったので、自分のことそのものでした。
 今回の事件は私達の本当の姿が世の中に伝わってないことで起きた事件です。一生懸命訴えてきたけれど、その声が小さかったばかりにかき消されてしまいました。だからこれまで以上に大きな声で訴えていかなければなりません。
 私達にとっては、どんなに障害が重くてもみんなしっかりした気持ちを持っていることは疑いようのないことです。でも残念ながら、専門家も含めてわかっていない人が多く、判断能力や大人としての感情があることを受け入れてもらえません。だからあの容疑者は私達を不必要な存在だと決めつけました。
 確かに経済的なことだけを考えたらお金もかかります。
 私達は最下層を生きる存在ですから、私達を否定すると次の誰かも否定される恐れがあります。
 すべての人を受け入れる世の中を理想の社会というのなら、まず私達を受け入れて下さい。

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

柴田保之

Author:柴田保之
所属:國學院大學人間開発学部初等教育学科
重度重複障害児の教育、知的障害者の社会教育、介助つきコミュニケーションについて実践的に研究を進めています。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ