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津久井やまゆり園事件の判決を受けて

 3月下旬に、やまゆり園の判決を受けて、20代の情勢がこのような意見が述べました。
 大切なことがもっと明らかにされるべきであったのに、残念ながら、裁判も終了し、刑も確定し私も、空虚さを強く感じます。


        津久井やまゆり園事件の判決を受けて

 私はコロナウィルスのことも大変気がかりですが、今一番心を占めているのはやはり、「津久井やまゆり園事件」判決のことです。
 私がとても残念に思うのは、そもそも死刑制度には反対なので、更生の道があり、かつ更生しなければならない立場である犯人の命が、ただ復讐のようにして奪われるということです。
 復讐というとご家族には大変申し訳ないのですが、ご家族が犯人を恨む気持ちはあまりにも当然のことなのですが、本当は恨む気持ちを存分に犯人に投げつける時間がとられさえすれば、気持ちのいくらかは晴れるのではないかと私は思っているので、犯人とご家族があたり前に話せる場所と時間をたっぷりと設定することこそ必要なのではないかと思っています。死刑は「あなたは生きる価値がない」という意味が入ってしまうのでどうしても私は受け入れることができません。
 この事件の報道で最初から問題だったのは、犯人の未熟な考えを繰り返し伝えながら、もっともらしい解釈をしようと試みたところにあると思っているのですが、今回裁判で初めてご家族の深い思いがたくさん語られたにも関わらず、その言葉をていねいに読み解こうとする人はほとんどいませんでした。私たちからすると犯人の未熟な言葉よりも、ご家族の深い言葉の方に真実が宿っているように思えるのですが、どうやら社会はご家族の言葉をかわいそうな人たちの言葉だとあっさりと片づけてしまったように思えてなりません。私たちがじかに話せれば良かったのかもしれませんが、まだそのような時代は来ていない代わりに、私たちの言いたいことはほとんどすべてご家族によってきちんと語られていたと思います。唯一付け加えられるべきことがあるとするなら、それは、亡くなった人たちにもあたり前に言葉があったのだということのみです。
 犯人に対する最大の疑問は、あなたの考えが社会に対して中途半端な考えを植えつけるきっかけになったことを本当に理解しているのか? ということです。社会は犯人の言葉を聞いて、言葉のないとされる障害者の生きる意味や価値に対して、自信をもって「ある」と言えなくなったのですが、社会はそんな存在でもやっぱり動物ではなく人間なのだと考えるから、殺すことは許されないという結論に、暗黙の裡になってしまったと思うのですが、それは全くの誤りで、本当はご家族の言葉の中にあるように、共に生きることを通して、人はその存在の意味や価値を心の底から感じることのできる存在だということが示されているのを、犯人も含めて社会も気がつけなかったことになるでしょう。

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プロフィール

柴田保之

Author:柴田保之
所属:國學院大學人間開発学部初等教育学科
重度重複障害児の教育、知的障害者の社会教育、介助つきコミュニケーションについて実践的に研究を進めています。

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