梅の香りの悲しみ 曽我晴信さんの詩

     「梅の香りの悲しみ」
                          曽我晴信

 春が来たというのに、浮かない顔の人が静かに梅の花を眺めている。
 梅の花びらからほんのりとかおる香りの中に、その人は七年前の早春を思うかのようだった。
 七年前のこの頃にたくさんの人が大きな津波に呑まれてしまったから、それ以来、春が来るのが怖くなってしまったのだろう。
 僕もこの七年の間、毎年春が来る度に、悲しみと共に梅の香りを嗅ぐようになった。ほのかな梅の香りは、何もなければ、待ち焦がれた春を先取りする香りだったに違いないのだけれど、あれ以来、梅の香りには悲しみが籠るようになってしまった。
 僕はきっと人生とはこうした悲しみを静かに静かに耐えることから深い意味が生まれてくるものなのだと思う。
 一昨年の夏以来、あの純粋無垢な山百合の花に悲しみが籠ってしまったように。
 でもそこから人はまた立ち上がらなければならないことを僕は知っている。
 僕が生まれたときに咲いていた花は何だったのだろうか。その花を見て悲しみを覚えた人もいたかもしれない。
 しかし、僕はそこから一人静かに生きる意味を紡いてきたから、悲しみは一つの始まりなのだとも言えるかもしれない。

2018年4月のきんこんの会のお知らせ

2018年4月のきんこんの会のお知らせ


日時 2018年4月21日土曜日 午後2時から5時まで
場所 國學院大學横浜たまプラーザキャンパス410教室

 きんこんの会はコミュニケーションに困難をかかえる当事者が、自由に語り合う場です。2010年に誕生し、活動を続けています。
 なお、当事者の意思伝達の方法は介助つきコミュニケーションによっていますが、話し合いをより円滑に進めるためには、最速の方法による必要があります。初めてご覧になる方にはたいへんわかりにくい方法なので、もしこの方法に関心をお持ちの方は、きんこんの会当日の空き時間や別の日程でご相談に応じたいと思いますので、ご一報ください。連絡先は、
kinkon@hope.zaq.jp です。どうぞよろしくお願いいたします。

意志決定支援をめぐって 田所浩二さんの意見

 意志決定支援と呼ばれるものについての田所浩二さんの意見です。私は、まだこの言葉について十分に勉強できていないのですが、正しい意志決定を支援するために情報を提供するというようなニュアンスとして、一般的にも使用されるもののようですが、「知的障害」とされる人々に関わる世界では、その意志決定の力とのかねあいで、美容な使われ方をしているように思っています。

 自己決定とは自分たちの意志を尊重してもらうことですが、自分たちに意志があることをまだ世間は認めてくれていないので、自己決定という言葉はぼくたちには不要な言葉だと思われることが多いです。しかし、僕たちにもちゃんとした意志があるので、昔から僕たちの存在を尊重してくれる人は、ちゃんと僕たちのしぐさの中にそれを読み取ってくれていました。でもせっかく意志があることを伝えられるようになったのだから、本当の意味で僕たちも自己決定の権利を主張したいと思います。最近定支意志決援という言葉が出てきましたが、その言葉の背景には僕たちには意志そのものがないかそれがあやふやだという考えがあるからわざわざ支援しなくてはいけないということになっています。しかし本当はちゃんとした意志は存在するので、その意志を伝える支援だけを考えてくれれば十分です。です。それから本当の自己決定は誰かと意見をたたかわせるところからとぎすまされるものだと思うので、支援の中にはただぼくたちの意志にしたがうということだけでは不十分で積極的に意見をたたかわせる必要があると思います。
                                       平成30年2月11日

目に見えるものだけが本当ではないよ  小林浩太朗さんの主張

  小林浩太朗さんが、山梨県の障害者の主張大会で発表した文章です。新聞でも取り上げられました。

「目に見えるものだけが本当ではないよ」

 僕のことを信じてくれますか。
 僕のこの方法で話す言葉を信じてくれますか。
 僕の言葉を母の言葉と思っているかもしれません。ですが僕自身の言葉として伝えたいです。

 僕は小林浩太朗といいます。今回特に主張したいことがあってこの大会にチャレンジすることにしました。
 僕は見た目にはとても障害が重くて、話すこともできないし、一人では気持ちを表現する手段がなかったのですが、手を添えてもらえれば僕にも話をする機会が訪れます。このことを多くの人に伝えたいと思います。
 僕は今あたたかい人との出会いを通して、介助してもらいながら表現する方法にたどり着いたのですが、思いはあってもまだ、息をひそめるようにしてそれを出せないまま暮らしている仲間がたくさんいるので、僕はそのことを大きな声で叫びたいと思いました。
なぜなら、一人では何も出来なくてしゃべれなくても、僕達は心の中に思いや豊かな言葉を持っています。そのことが常識になったら、山ゆり園での事件のようなことが起こらなくなるのではないかと思うからです。
 僕たちは、体が思う通りに動いてくれないので、返事をしたくてもうまく出来ません。そうなるとわかっていないとされがちです。
ですが、返事が正確にできないけれど、僕達にはちゃんと意思があることに気づいてくれる人はちょっとした表情の変化などでわかってくださいます。
 だからそう思いながら接してくれたら嬉しいです。
「わかっていないんじゃないの?」と思いながら接してくれるといい反応が出来なくなってしまいます。
実はしゃべれない僕たちにも、年相応に考えたり感じたりする力があります。ですが僕は、それをうまく表現することができないので、僕自身を抑えて表に出せず苦しい日を過ごしたことも、正直言ってありました。
 そんな僕が自分を表現出来るようになったいきさつをお話しします。
 僕は小さい頃から絵を描(か)くのが好きで、一人では筆を持っていられないので、手を添えてもらって絵を描(か)いていました。ずっと描いているうちに、僕が心で思い描いたものが描(か)けるようになってきました。僕は梅の花というよりも梅の香りを描(か)きたいと思い、実際に描(か)けた時、「目に見えない、香りを絵で表現出来るんだ」と、とてもびっくりしました。
そして去年それをペンや習字の筆に持ち替えたら、字が書けるようになりました。そして指だけでも、手を添えてくれる方の手の平や指にひらがなを書けるようになりました。
 心の中から眠っていたたくさんの言葉たちを次々と飛び出させてもらえたことに、今は感謝の気持ちでいっぱいです。
 だからそんな方法もあるよ、ということを伝えてみたかったのです。
 このように、動きを手伝ってもらいながら家族やヘルパーさんと言葉を交わしている仲間が全国にも多勢います。あちこちで僕のような人が声を上げています。詩集を出版したり、作詞をして音楽祭で賞をいただいた仲間もいます。
 僕も黙っていられなくてこの大会に応募しました。
 なかなか難しいことですが、僕たちもちゃんとした意志も言葉もあることを伝えたくて今日は話をさせてもらいました。
 僕も社会人になり、人生谷もあり山もあることがわかるようになりました。忍耐力や人の立場も理解でき、僕なりの人生を歩むようになり、夢や希望を持つ余裕が出てきました。選挙で投票出来たことも、最近とても嬉しかったことの一つです。
 僕の願いは、同じような環境のもとで生活している仲間が、共に幸せな日々を過ごせることです。これは絶対叶えさせたい強い目標です。そして僕の今描いている絵のテーマは「未来」です。だから未来に向けて僕は今一生懸命生きようとしています。絵や文章で僕の心を精いっぱい表現してゆこうと思います。
 今日僕が話したことで、少しでも僕達の本当の姿を理解していただけたらほんとうに嬉しいです。
 ありがとうございました。

                               小林浩太朗

お問い合わせについて

 1月上旬に、お二人の方から、ブログへ、返信の必要なコメントをいただいたのですが、返信の操作を私自身が熟知しておらず、うまく返信ができておりません。お一人は、講演会のお知らせの件で、お一人はきんこんの会についてです。
 私の連絡先は、 yshibata@kokugakuin.ac.jp です。
 メールアドレスをお教えいただければと存じます。
プロフィール

柴田保之

Author:柴田保之
所属:國學院大學人間開発学部初等教育学科
重度重複障害児の教育、知的障害者の社会教育、介助つきコミュニケーションについて実践的に研究を進めています。

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